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Kinesis Money: 金本位制のデジタル進化
Kinesis Moneyは、現物の金と銀を基盤とする金融プラットフォームであり、個人や企業が貴金属を購入し、保有し、送付し、支払いに使い、また受け取ることを、デジタル決済システムを通じて可能にしている。
法定通貨に依存する代わりに、このプラットフォームは二つの独自トークンを用いる。KAUは金1グラム、KAGは銀1トロイオンスを表す。Kinesisの法的文書によれば、それぞれのトークンは、主要な貴金属取引拠点にある、保険を付した独立運営の保管庫に保管された、完全に割り当てられた現物貴金属の直接的な所有権を表している。KAUとKAGの1対1の裏付けは、世界的な検査・試験・認証企業であるBureau Veritasによって年2回、独立監査を受けている。
1830年、英国の経済学者ナッソー·ウィリアム·シニアは、「貴金属は持ち運びが容易であり、その需要は普遍的であるため、商業世界全体が一つの国となり、そこでは地金が貨幣である」と述べた。Pax GoldやTether Goldのような金裏付けトークンが主として投資商品として設計されているのに対し、KinesisのKAUとKAGは、より広範な貨幣システムの内部でデジタル通貨として機能するよう設計されている。いわば、貴金属が何世紀にもわたって担ってきた役割を、現代によみがえらせようとするものだ。
なぜ人々は法定通貨の先を見ようとしているのか――健全な貨幣を求めて
“日本銀行法 では、日本銀行の金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」としています。
物価の安定が大切なのは、それがあらゆる経済活動や国民経済の基盤となるからです。
市場経済においては、個人や企業はモノやサービスの価格を手がかりにして、消費や投資を行うかどうかを決めています。物価が大きく変動すると、個々の価格をシグナルとして個人や企業が判断を行うことが難しくなり、効率的な資源配分が行われなくなります。また、物価の変動は所得配分にゆがみをもたらします。(www.boj.or.jp)
1966年の論文 Gold and Economic Freedom において、のちに第13代Federal Reserve議長となるアラン・グリーンスパンは、金本位制に対する敵意について、実に鮮烈な説明を示している。「金本位制が存在しなければ、インフレによる貯蓄の没収からそれを守る術はない。安全な価値の保存手段も存在しない。……福祉国家の金融政策には、富の所有者が自らを守る術を持てないことが必要なのだ。これこそ、福祉国家主義者が金を激しく非難することの、見栄えのしない秘密である。赤字支出とは、単に富を没収するための仕組みにすぎない。金はこの陰湿な過程の前に立ちはだかる。それは財産権の守護者として存在する。このことを理解すれば、国家主義者が金本位制に敵意を抱く理由を理解するのは難しくない。」
残念ながら、法定通貨が着実に購買力を失っていく一方で、金は金融と貨幣をめぐる議論の周縁へと次第に追いやられていった。J. M. ケインズは1923年の A Tract on Monetary Reform ですでに金本位制をa barbarous relic(野蛮な遺物)と評していた。2015年7月、金融ジャーナリストのジェイソン・ツヴァイクはThe Wall Street Journalのコラムで金をa pet rock(ただのペット・ロック)と呼び、この表現は、金を投資対象として見る際の、より広範な批判的見方を象徴する言葉となった。投資アドバイザーや金融アナリストの多くも、ウォーレン・バフェットの、金は「何の生産性もないまま金庫に眠っている資産」にすぎないという冷ややかな見方を共有していた。「[金は]アフリカかどこかの地中から掘り出される。それを溶かし、また別の穴を掘って埋め戻し、その周りに人を立たせて警備させる。何の用途もない。」
しかし、変化したのは金が投資としてどう見られるかだけではなかった。貨幣としての金の役割そのものが、現代の貨幣システムにおいても、それをめぐる金融論の多くにおいても、背景へと押しやられていった。その結果、現代経済における金の貨幣としての意味はほとんど失われているという認識が、広く共有されるようになった。その一例は、オンラインの投資フォーラムというごく身近な場所にも見て取れる。そこでは金はほとんど常に「通貨」ではなく「コモディティ」のカテゴリーで語られ、その貨幣としての歴史は、まるで単なる歴史の脚注であるかのように扱われる。そして、2011年の米国下院金融サービス委員会の公聴会で、ロン・ポール議員が「もし金が貨幣ではないのなら、なぜ中央銀行はなお金を保有しているのか」と尋ねた際、ベン・バーナンキが返した答えを覚えている人も多いだろう。彼の答えは、たった一言、tradition(伝統)だった。
私は――おそらく、カンティヨン効果のような、すなわち新たに創出された貨幣が、物価が万人に対して上昇する前に、その創出に近い者たちへ利益をもたらす仕組みによって――貨幣と金の切り離しは、一般市民よりもはるかに金融エスタブリッシュメントに恩恵を与えてきたのではないかと考えている。また、継続的な貨幣創出と、それに伴う通貨価値の下落は、洗練された投資家に大きな優位性を与えているとも思う。たとえば、より優れた情報への特権的なアクセスや、複雑で、多くの人にはほとんど知られていない、あるいは利用することのできない金融商品へのアクセスである。一方、給料を受け取るたびに生活費へ消えていく、いわゆるpaycheck to paycheckの低所得世帯は、効果的な投資に必要な資金も、十分な余裕資金も持ち合わせていないのが一般的だ。

貴金属へのアクセスを民主化する
一部の国では、成熟した個人向け地金市場が存在し、それを利用することはごく当たり前のことになっている。しかし、それ以外の多くの国では、そのような市場は事実上存在せず、一般の個人が現実的に取り得る選択肢はほとんどない。ディーラーが存在する国でさえ、手続きは銀行口座を開設したりETFを購入したりするより、はるかに複雑だ。投資家は、コインとバーのどちらを選ぶか、小口と大口のどちらにするか、保険、安全な輸送、真正性の確認、競争力のあるスプレッドなど、さまざまな問題に向き合わなければならない。そしておそらく最も切実なのが、地金を安全にどこへ保管するかという問題である。
よく知られたIf you don’t hold it, you don’t own it(自分で保有していなければ、自分のものではない)という原則は、スタッカーの中には絶対的なルールとして扱う人もいるが、しばしば、安全で豊かな国に住み、自宅での保管が現実的な投資家の視点を反映している。そこには、世界中の何百万人もの人々が置かれている事情が抜け落ちている。治安上の懸念、十分な住環境の欠如、政治的不安定、脆弱な法的保護などによって、自宅保管が現実的でも望ましい選択でもない人々である。また、この原則は機関投資家による所有ともどこか噛み合わない。年金基金がallocated bullion(割当保有された地金)を保有することはあっても、その金属を自ら保管することまで期待されてはいない。
Kinesisのようなプラットフォームは、こうした障壁の多くを取り除く。スマートフォンとインターネット接続さえあれば、allocated gold and silver(割当保有された金と銀)を所有できる。取引所では、主要通貨や暗号資産との間で、卸売価格に近い水準で取引できるため、スプレッドも狭く抑えられている。従来の現物金では、売却するまで資本が動かせないことが多いのに対し、ここでは貴金属を保有するメリットを手放すことなく、その資産を活用できる。KAUとKAGは非常に細かく分割でき、金は0.00001グラム、銀は0.00001トロイオンスまで購入可能であるため、資本がごく限られた人々にも門戸を開いている。
私には、このアプローチは、新興市場においてモバイルバンキングが金融へのアクセスを切り開いたことと重なって見える。東アフリカでM-Pesaが、何百万人もの人々に銀行へ足を運ぶことなく、基本的な携帯電話だけでお金を保管し送ることを可能にしたように、Kinesisは、保管庫やディーラーを相手にすることなく、現物の貴金属を保有し、利用することを可能にする。このような健全な貨幣へのアクセスは、それと同じほど大きな意味を持つ可能性がある。
Gold Standard 2.0――デジタル時代の健全な貨幣
Kinesisは、単に地金を所有しやすくするだけにとどまらない。ユーザーはウォレット間で価値を即時に移転できる。Kinesis Cardは通常の決済カードと同じように機能し、支払い時には金や銀の保有残高をリアルタイムで現地通貨へ換算する。加盟店はKinesis Payを通じて、貴金属による決済を受け付けることができる。いずれの場合も、その目的は、金と銀を単なる投資資産ではなく、本来の役割である実際の貨幣として取り戻すことにある。
歴史を振り返れば、新しい決済手段が当初は懐疑の目で迎えられることは珍しくない。クレジットカードが登場したときにも、現金よりプラスチックを信用する人などいるのかと疑う者は少なくなかった。オンラインバンキングも同様で、「インターネット上で金銭を扱うことなど絶対にしない」と言い、銀行支店へ直接足を運ぶことを好む人が大勢いた。それが今では、どちらもごく普通のものになっている。
Kinesisのようなプラットフォームは、金本位制 2.0と捉えることができる。それは1800年代への回帰ではなく、金が伝統的に備えてきた規律と、デジタルツールの速度・利便性を組み合わせる試みである。テキサス州、ユタ州、フロリダ州などでは近年、電子的な金・銀決済システムへの道を開く法律が制定され始めており、この構想が現実の勢いを得つつあることを示している。
Gold Standard 2.0と最初の金本位制を分ける重要な違いは、参加が自発的であることだ。人々は、単一の貨幣システムを押しつけられるのではなく、貴金属を保有し、それで取引するかどうかを自ら選択する。これは、ハイエクが Towards a Free Market Monetary System で示した基本的な信念の一つとも符合する。「私はかつて以上に確信している。もし私たちが再びまともな貨幣を持つことになるのだとすれば、それは政府から生まれるものではない。民間企業によって発行されることになるだろう。なぜなら、人々が信頼し、利用できる良い貨幣を供給することは、極めて収益性の高い事業となり得るだけでなく、政府がこれまで決して負わず、また負うこともできない規律を、発行者に課すからである。」
私にとって、この自発性と、そこから生まれる通貨間の競争こそ、このモデルの最も強力な特徴の一つである。それは、人々と企業に、いわばfree monetary choice(自由な貨幣選択)と呼ぶべきものを与える。
なぜAllocated Bullion Exchangeが重要なのか
Kinesisは、Allocated Bullion Exchange、すなわちABXを基盤としている。ABXは、現物貴金属の取引と保管を行う機関投資家向けプラットフォームで、2011年に始動し、2016年に本格稼働した。一般の利用者にとって最も重要なのは、ABXが構築してきた専門保管庫と、Malca-Amit、Armaguard、Loomis Internationalといった物流パートナーのネットワークである。これらの関係によって、保険を付した、世界各地に分散された保管インフラへのアクセスが可能になっている。システムは所有権の記録、照合、独立監査を処理する。そのため、KAUとKAGを裏付ける貴金属についてBureau Veritasが行う監査も、定期的かつ効率的に実施できる。すべてが確立された専門的なカストディ体制の中に組み込まれているからだ。
デジタル経済の中で、金と銀は再び貨幣になり得るのか
米国初期の歴史を振り返ると、影響力の大きかった建国の父たちの一部が、裏付けのない紙幣をいかに強く警戒していたかには驚かされる。トーマス・ジェファーソンは、「紙は貧困であり、それは貨幣の亡霊にすぎない」と警告した。ジョージ・ワシントンは、各州が「紙幣を発行するという、実に愚かで邪悪な計画に陥る」ことについて語った。ジェームズ・マディソンはそれを不公正かつ違憲だとし、「土地から同等の価値を奪い取ることと同じくらい、財産権を侵害する」と指摘した。
ここには明白な歴史的皮肉がある。紙幣への警告を発したまさにその人物たちが、いまや、彼らならその拡大を非難したであろう紙幣を飾っているのである。
金の貨幣としての役割を復活させることへの批判者は、金に裏付けられた決済システムは、すでに確立された法定通貨ネットワークと競争できないと主張する。各国の通貨は、法制度、課税、雇用、商取引、そして日常生活の隅々に深く組み込まれており、米ドルはいまなお国境を越える取引を支配している。
貴金属のコミュニティでは、金本位制を何らかの形で復活させ、再び貨幣を金に結びつけること、すなわち法定通貨への依存から離れることに、広く賛同が存在する。しかし、その志向には、デジタルなもの全般に対する根深い不信が伴うことも多く、その背景にはBitcoin現象の影響が大きい。そこではしばしば、1世紀前の決済システムを復活させ、それを今日のはるかに複雑な経済へそのまま適用しようとする、ノスタルジックな構想に出会う。
一方、暗号資産の世界では、金そのものが持つ物理的性質を欠点と見る人が多い。それゆえ、デジタル時代に金が再び貨幣としての役割を取り戻す現実的な可能性はない、と考えるのである。
では、中心となる問いは依然として残る。デジタル決済を軸として構築された経済において、金と銀は再び貨幣として機能することができるのだろうか。
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